スタッフブログ すずのね

シリーズ・徒然読書録~佐藤三武朗著『炎の銀行家』

あれもこれも担当の千葉です。

 

 

読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて

大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという

思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ

忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮し

つつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れない

と思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。

 

徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、佐藤三武朗著

『炎の銀行家』(栄光出版社刊)です。

 

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副題が『スルガ銀行創業者 岡野喜太郎』とあるように、昨今シェアハウス

『かぼちゃの馬車』を運営するスマートデイズやその投資家への不正融資で

問題になっている最中の出版となってしまったため、話題性を当て込んだ著作

に勘違いされそうですが、出版時期は全くの偶然で、著者の郷土や郷土の偉人

などを広く知ってもらうことで顕彰しようという一連の力作の一つです。

 

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本著の主人公、岡野喜太郎は現在の静岡県沼津市の浮島を見下ろす青野に生ま

れました。武田家の武将に繋がる名主の家で、地域や住民のために尽くす父祖

の背中を見て育ちます。明治初期に、沼地である浮島地区が、風水害と、西南

戦争を発端とした恐慌に襲われた時にも、父・彌平太は役所に地租の減免・猶予

を願い出て熱心に説得し、暴動を起こすこともなくこの難局を乗り切りました。

そんな状況を見ていた喜太郎は、将来の災害や難局に備えて、村全体で貯蓄組合

を作ろうと決心。これが明治28年設立の根方銀行となり、駿東実業銀行を経て

大正元年に駿河銀行となります。関東大震災では奥様と娘さんを亡くしながらも

銀行の再建に奔走します。預金の引き出しが殺到して幾つも幾つも銀行が破綻す

る中で、『預金のお支払いをします。ただし当分一人百円まで。』という方針が、

却って信用・安心感を獲得して逆に預金が集まり、益々基盤を固めたといいます。

また、先の戦争末期には、当局の一方的な静岡銀行との合併の要求を断固として

拒否し、目論んでいた伊豆銀行との合併も邪魔されながら(伊豆銀行は静岡銀行

と合併した)、時代を切り開いて来ました。

 

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大正初期のエピソードです。沼津から三島を経て伊豆の大仁に至る電気鉄道の

運営会社『駿豆電気鉄道(現在の伊豆箱根鉄道の前身)』の再生に奮起します。

この案件に関連して、文中で喜太郎が語った『事業家に、モラルがなくなった

ら、おしまいだ。投資家ばかりか、地域住民にも迷惑をかける、モラルのない

資本家は、事業に参加すべきではない』という言葉は、事業家・経営者たる者

として、肝に銘じねばならぬことだと思いました。

 


田中達也氏のミニチュア・ライフ展

あれもこれも担当の千葉です。

 

 

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会期の押し迫った展覧会の話で大変恐縮ですがご容赦下さい。先日

ミニチュア写真家・見立て作家の田中達也氏の作品展に行って来ました。

(JR清水駅東口@静岡市清水区、マリナートホール。5月12日まで)

 

何となくそうかも知れないなと思いながら出掛けましたが、やはり2017

年に放送されたNHKの朝ドラ『ひよっこ』のタイトル・バックになって

いたミニチュアの作家さんでした。

 

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解説不要、見れば解る、う~んと唸らずにいられない作品たちなので、

羅列します。

 

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ちょっと小さくて判り難いかも知れませんが、ビル群はホッチキスの芯です。

 

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ネーミングも楽しくて思わず笑いがこぼれてしまいます。

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『チャーフィン』

 

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『クモワッサン』

 

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『甘の川』

 

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『地球は甘かった』

 

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『穴あけパンチの雪。略して”アナ雪”』

 

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『頂上への道海苔』

 

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『園芸がしゅげえ(手芸)』

 

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『茶葉を摘むのは任せーたー』静岡会場限定作品とのことでした。

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最後に、会場で一番素敵だと思った作品です。

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この2枚が並んでいました。『お手を触れないで下さい。』

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作者は毎日一作品、インスタグラムで発信しているとのことでした。

 


旬菜美酒 いい田

 

住宅担当の花崎です

 

 

昨年度の慰労と今年度の決起を兼ねて

設計の川口、工事の榎本と、田町の いい田 さんへ行ってきました。

 

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これで明日からも頑張れる!

 

と思わせてくれる美味しいお料理でした。

 


家の燃費の話です。(1)

住宅リフォーム営業部 大木です。

 

今日は家の燃費の話です。燃費といえば車ですよね。

近年の日本車を筆頭に車のテクノロジーの進歩はすごいですね。

 

日本自動車工業会のデータですが、

1995年の乗用車販売平均燃費は 約12.5Km/l でしたが

2012年の同データでは19.9Km/lとなってます。

限りある資源を有効に利用すために国としても

1979年…ガソリン乗用自動車の燃費基準の策定(1985年度目標)から始まり

(中略)

1999年…乗用車、小型貨物車のトップランナー基準の策定(ガソリン車は2010年度目標)

(中略)

2013年…乗用車、小型バスのトップランナー基準の策定(ガソリン車は2020年度目標)

 

という具合にトップランナー基準の策定を更新し、車の燃費を向上させてきました。

各メーカーは最新の策定に合うように、技術革新をして車の燃費性能は向上しました。

ガソリン価格の高止まりもあり、自動車を購入る際は燃費の比較を考慮しない方は少なくなりました。

 

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実は住宅業界も耐震性能という皆様の安全に係わる主軸の要素以外に、

燃費の良い家という側面から、

より良い家を皆様に供給するために様々な策定を施して来ました。

 

1980年…住宅の省エネ基準の制定(旧省エネ基準の等級2)

     ↓

1992年…    〃    改定 (旧省エネ基準の等級3)

     ↓

1999年…    〃    全面改訂(旧省エネ基準の等級4)

 

その後も改定を繰り返して来ました。

 

住宅エコポイントや優良な住宅に対してのフラット35の金利優遇や、

長期優良住宅の各税制等の優遇も記憶に新しいですよね。

ところで、

車で表示される燃費の数値のように、明確な判断基準となる数字って住宅にもあるのでしょか?

 

実はあります。 Aという値です。少し前にはQ値で表していました。

次回、 A値、Q値 について少し紹介させて頂きますね。


初代『日本の花』~『令和』の典拠・万葉集

あれもこれも担当の千葉です。

 

 

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2年前から三嶋大社で開催される古典講座を受講しています。『小倉百人一首』

『古今和歌集』と来て今年度は『万葉集』です。先ほど発表された新元号の

『令和』の典拠が万葉集ということで一躍脚光を浴びていますが、実は講座の

内容が万葉集と決まり、申し込みをしたのは随分と前だったので、新元号の発

表を聞いて、きっと典拠である『梅花の宴』の講義も盛り込まれるだろうな、

と期待していました。そして期待通り、第一回の講義が、万葉集・巻五、

『梅花の宴』でした!以下はその受け売りです。

 

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その後長い間の、日本人の自然観や短歌の様式を確立したのは、平安時代に

国風文化初期の金字塔となった古今和歌集だと言われています。例えば和歌

で『花』と言えば『桜』を指すようになったのは平安時代であり、奈良時代

までの歌を集めた万葉集では、桜を詠んだ歌が40種に対して梅を詠んだ歌

は120首と圧倒的で、『花』と言えば中国由来の『梅』のことであった、

と言うことは以前からも聞いていました。ところが、話はそう簡単なことで

はありませんでした。

 

万葉集は、聖徳太子が摂政を務められた推古天皇の次の御代、即ち舒明天皇

(629年)から淳仁天皇(759年)の御代、氏族政治から律令政治が確

立された時代のおよそ130年の間に詠まれた歌を集めたもの。飛鳥・藤原

京時代から平城京奈良時代に詠まれた歌たちです。まだひらがなができてお

らず、漢字をあてた万葉仮名で書かれています。『梅花の宴』の歌は、万葉集

でも後期、平城京遷都後の730年に詠まれた歌38首からなります。長官

として大宰府に赴任していた大伴旅人(おおとものたびと)が、筑前守であっ

た山上憶良(やまのうえのおくら)など部下・役人を屋敷に集めて宴を開き、

庭の梅の花を題材に詠んだものです。

 

筑前歌壇の中心であった大伴旅人と山上憶良は、文字から文学から律令まで

全て大陸中国をお手本にしていた中で、超巨大先進国家である『唐』に対し

て『日本』という国家を強く意識し、中国の漢詩の様式である『題詞』や

『序文』を和歌にも導入しました(これが平安時代には『詞書(ことばがき)』

となる)。また、その序文にもあるように、高名な漢詩の『梅花洛(ばいか

らく)』をはっきりと意識して『梅花の宴』を催しています。日本にも中国

に劣らない文化があるのだと訴えているのです。712年の古事記編纂、

713年の風土記編纂開始、720年の日本書紀編纂と、701年の大宝律令

の制定後、国力が高まるにつれて、『日本』という国家意識の高まりが大きな

時代の流れを形成していたようです。

 

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そこで先の話に戻ります。万葉集では圧倒的に多い梅の花を詠んだ歌ですが、

なんと、730年の『梅花の宴』の前にはなく、120首は全てこの『梅花の

宴』以降に詠まれたものだそうです。その意味では、中国由来の花ではありま

すが、『梅』は初代『日本の花』とも言えるだろうと思いました。

 

因みに、中国の古典で言うところの『令月』は二月如月を指すそうですが、

古今集では『よき月』の意味で、正月、二月ともに『令月』と呼ぶそうです。

実際に、この万葉集の『梅花の宴』も天平二年正月十三日に催されており、

『初春令月 気淑風和』と書かれています。

 

なお、

わが園に梅の花散る ひさかたの天(あめ)より雪の流れ来るかも

 

という宴の主人・大伴旅人の歌で判るように、万葉の時代の『梅』とは、

『白梅』であったそうです。