2013.09.09

徒然読書録③~さだまさし著『風に立つライオン』

あれもこれも担当の千葉です。

 

読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、

何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。

その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる

ものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めて見ました。皆様

のご寛恕を請うところです。

 

徒然なるままに読み散らす本の中から気に入った本、今回はさだまさし著、

『風に立つライオン』(幻冬舎)を挙げてみます。



歌手さだまさしは、デュオ・グループのグレープ以来、学生時代の私にとっては特別

な存在でした。どちらかと言えば洋楽一辺倒のロック小僧にとって、さだまさしの声は

頼りなく潔くなく感じられ、あまり興味はなかったはずでした。ところが高校2年生の春、

学園祭の前夜祭の夜に突然に亡くなった同級生を弔い、その夏の高原教室で志賀の

丸池に灯篭を流し、その頃流行っていたグレープの『精霊流し』を皆で歌って以来、

その歌詞に強く惹かれるようになり、ソロ・デビュー以降の4枚くらいまではLPを買い、

それこそ針が擦り切れるくらい聴き込みました。

 

さだまさしは、説明を要さないほど、今や老若男女、日本人なら誰もが知ってる国民

的歌手の一人ですが、小説も何篇か書いており、かつての熱烈なファンとしては、

『精霊流し』、『解夏(げげ)』、『眉山(びざん)』、『茨の木』、『アントキノイノチ』、『かす

てぃら~僕と親父の一番長い日』と、その全てを読んで来ました。そしてこの7月に

刊行されたのが名曲と同名の『風に立つライオン』です。

 

この『風に立つライオン』は、1987年のアルバム『夢回帰線』のなかの曲。アフリカで

の僻地医療に青春を懸ける青年医師が、母国日本に残してきたかつての恋人に宛て

た手紙、という設定の歌詞の曲。さだ氏の歌詞は、ヒトにたいする暖かな慈愛に充ち、

ストーリー性が高く情景を目の前に思い描かせてしまう特性があります。間奏の賛美

歌『アメイジング・グレイス』がとても印象的な綺麗で素晴らしい作品です。

 

小説では更に幅が広がり、第一部では、幼い頃にシュバイツァーの伝記を読んで医

師を目指し、『ダクタリ・ジャポネ(日本人のお医者さん)』と敬意をもって呼ばれたこ

の青年医師『航一郎』のケニアでの奮闘ぶりが爽やかに描かれ、第二部では内戦

激しい南スーダン国境付近で出会ったケニア人の少年を心身ともに救い癒して行く

さまを描いています。そして第三部では、そのケニア人少年『コイチロ』が、航一郎

の意志を継いで医師となり、大震災直後の石巻で献身的な支援活動を行うさまが

描かれます。



(ケニアはアフリカ東海岸にある、旧イギリス植民地から独立した、英連邦に属する

共和国。首都はナイロビ。北はエチオピアと接している。南のタンザニア国境のす

ぐ向こう側に有名なキリマ・ンジャロ(現地語で白い山、という意味)がある。他は

かなり内戦の激しい紛争地域と国境を接しており、避難民の流入が激しく、その分

治安の維持にも苦慮しており、国境なき医師団などが多く出向いて貢献している

国でもある。西はかつて内戦の激しかったウガンダと接している。世界でも有数の

大きさの湖、ヴィクトリア湖もここにある。北東はソマリア。そして北西にこの小説

の舞台となったスーダン国境がある。ご存知南スーダンはこの度スーダンから独

立を勝ち得たが、宗教間(北はイスラム教、南はキリスト教)の対立や豊富な地下

資源を巡る紛争の終結は予断を許さないと言う。)

石巻では声を失った『あつお』が、あたかも『コイチロ』が辿ったと同じ道程で救われ

癒され、医師になりたいと志を立てる。『コイチロ』が『ドクター・ケニア』と呼ばれるよ

うになり、ヒトのために全てを擲ってでも尽くそうとする志のバトンがシュバイツァー

から『航一郎』へ、『航一郎』から『コイチロ』へ、そして『あつお』へとリレーされて行

きます。

 

激しい風に向かって立つ、群れを離れた孤高のライオン。辛さも悲しみも全て身の

内に仕舞い込む潔さ。『風に立つライオン』とはこのバトン・リレーされて行く崇高な

志の象徴だったのですね。

 

さだ氏の小説では『解夏』が最も好きですが、この『風に立つライオン』はさだ作品

の中では最も社会性が強く、その分細やかな内面への掘り下げが十分になし得な

かったかな、と少し残念でもありました。



歌詞『風に立つライオン』の言葉が小説にもあちらこちらに散りばめられており、小説

の奥行きを拡げています。ただ一点、歌詞の言葉とそぐわない部分があります。

歌詞には、『何より僕の患者たちの瞳の美しさ この偉大な自然の中で病と向かい合

えば 神様についてヒトについて考えるものですね やはり僕たちの国は残念だけれ

ど 何か大切な処で 道を間違えたようですね』とありますが、東北の大震災後の人

々の懸命で思い遣りのある言動を見て、日本に対する『失望』が、『希望』や『礼賛』

に変わったのではないかと感じました。その意味で、歌詞よりも小説の方が好きにな

りました。

 

最後に小説の中から幾つか引用を列記して終わります。

 

・「こんにちは」僕はいつも航一郎がしたように、子ども達の輪の中にしゃがみ込ん

でできるだけ丁寧にそういいました。「こんにちは」「こんにちは」子ども達は一斉に

立ち上がってお辞儀をします。ジャポネは子ども達までもみな、秩序を守って、礼

儀正しい。航一郎、あなたの自慢は本当でした。

(プロローグにあるこの文章で、最初から涙が出てしまいました)

 

・いいか、患者というものがいかに卑屈な思いで“お医者様”を見上げているのか、

その視線の哀しさを理解しろ

いいかい、患者や患者の家族はお前という人格に対して頭を下げているのでは

ないのだ、お医者という幻想に対して平伏しているのだ。

俺はなあ、お医者は聖職者だと信じているんだよ。

 

・涸れちゃ駄目だってあいつ、必死に自分と闘ってたんだろうなぁ。・・・大きな水源

がなければ大きな滝なんて生まれないってこと。人も同じだ、って航一郎は言っ

てたんだな。ずっと凄い滝でいるには自ら巨大な水源であれ、ってこと。確かに

僕らはね、自分の心の水源が涸れることで自分という滝を失うんだろうな。

 

・あなたの冷たいまなざしは、大人達の心の、最も後ろめたい部分に突きつけら

れた“真実の刃”だったと思います。・・・・子どもといえども、人にはそれだけの

力があることを信じてください。そしてそれに応えようとする大人がどこかにきっ

といることも。

 

・自分たちがして貰った嬉しいことは人にしてあげるってのがワカコの“教育”だよ。

そのかわり自分がされて嫌なことは人にしないって。“自由”ってのはそういう約

束がないと、“利己主義”になるらしい。・・・・それにしても世界中で日本人だけじ

ゃねえのかい?「人に迷惑をかけるな」なんて教えてるのは。いや、バカにして

るんっじゃないよ。尊敬して言ってる。

 

・「お願いだから、しあわせになってください」 余計なことは何ひとつ書いてありま

せん。たった一行の手紙でした。私の苦しみも私の領分も、彼自身の苦しみも、

彼自身の領分も何もかも呑み込んでそう書いてくれたのでしょう。 そういう人で

した。 「お願いだから」 この一言に為すすべのない私達の思いが重なっていた

のだと思います。

(ここも、歌詞とは異なります。歌詞はその全てが『手紙』ですが、小説の中では

たったの一行です。これで通じてしまうお互いへの信頼と敬意、感動です。)

 

・僕達が一番救い出したいのは“思い出”なのです。にもかかわらず、そのことが

一番難しく、危険な作業です。

 

・元来、人が快適に共存するには全員が“自由勝手気まま”なんて在り得ないん

だよ。フリーダムに“自由”ではなく“自助”と訳すべきだったな。自分が人にされ

て嫌なことは絶対人にしない、ってことが“自由”の条件さ。同じ現場にいる誰も

が、ほんの少しずつ我慢することで秩序ってものが生まれるんだ。

 

・被災者が暮らしているのではなく、人間が生活している。 この言葉は重いで

す。 他の町の人々は常に“可哀想な被災者”という視点でものを言います。

被災者が被災者らしくないことを言ったりしたりすると、なぜかがっかりする傾

向があります。それは施す者が施される者を見下す視線のような気がします。

そして施す者は常に感謝の言葉だけを求めるのです。

 

・なぜなら僕は医師です。 「医師」とは「人間」が自らの命を懸けて、病と闘うと

きの呼び名なのですから。闘わない医師は医師ではありません。

 

・「医師が患者から奪ってはいけない最も大切なものはな、命じゃないんだよ。

希望なんだ」って。「だってよ。命はその人の身体の持ち物だけど、希望は心

の持ち物だろ?人はよ、身体だけで生きてるんじゃねえだろ?心で生きてるん

だからさ」って。

 
2013.09.09

自宅建替え《解体偏》

設計グループの川口です。

3年ほど前から計画しておりました、自宅の建替え工事が始まります。

38年間お世話になった家の解体工事が先日終わりました。



子供が解体前にこんなことを柱に

書いていたのを見付けて、ちょっと

ホロッとしてしまいました。



家族の中に三毛ネコが居るのですが、仮住まいには

連れて行けないのでかわいそうですが

お留守番です。

一人寂しく犬小屋ならぬネコ小屋で暮らしています。

普段から半分野良ネコのような暮らしをしていたので、

大丈夫でしょう。(ちょっと心配)

 



跡形もなくなってしまいました。

寂しい。

 

 

今後自宅の建替えについて書いていきたいと思います。

 

 
2013.09.04

世界文化遺産のお恵み

時代遅れの堤です。                                                                                             弊社は創業55周年を迎えております。

私は今週末で半世紀を越え会社より2歳若い誕生日を迎えます。

という今年、我が国の象徴でもあり我が県のシンボルでもある「富士山」が世界文化遺産に

登録されました。

先日のことです。弊社のお客様でもある三島市のお菓子の老舗「兎月園」様に

立ち寄る機会があり、お菓子を購入した時のことです。いつもどうり、お会計を済ませると

気さくな女将さんが「景気はどう?」とお声がけしてくれましてしばらくお話しすると、

帰りしなに「これ今、売れているのよね!」と写真の「富士山マコロン」を頂戴いたしました。

女将さん!いつもオマケをいただきまして誠にありがとうございます!

富士山をモチーフしたこのかわいらしいお菓子はとっても美味しいですよ!

たくさん売れると良いですね!ここでも富士山に感謝!感謝!

是非!ご賞味あれ!

2013.09.03

家庭菜園Ⅱ

営業部の大川です。

5月に載せました、家庭菜園の続きを書きます。

野菜類は8月で終わりにしましたが、初めて咲いた柿の花が強い風で飛んでしまったと思ってい

たところ、一個だけ実をつけていました。



後は、おいしく食べれるまで育つよう台風に注意をしていきます。

 
2013.09.02

ホームカミング・デイ~大学卒業30年の集まり

あれもこれも担当の千葉です。

 

いささか前のことになってしまいましたが、昨年の10月のとある週末に、

大学のホームカミング・デイに参加して来ました。

 



これは11月初旬に掲載された大学別の卒業生の満足度ランキングに

ついての新聞記事です。

少子化から大学の経営も環境が厳しくなって行きます。卒業生に大学の

現状を伝え、大学との協働のチャンスを拡げ、大学への支援の輪を広げ

ようと卒業生向けの機関誌を送ってきたり、卒業生を大学に足を運ばせる

ような企画をしたり。大学もかなり経営に本腰を入れてきているのかな、と

最近感じています。



『ホームカミング・デイ』は、卒業20年、30年経った卒業生を大学に招く

イベントです。キャンパスの色々な学部で、記念講演やシンポジウムが

組まれています。卒業30年ともなると、当時の恩師の登場は望み難い

ですが、逆に同級生の記念講演があったりと、如何にもアカデミックな

中にも面白い工夫が見られました。懇親会では体育会の同期や図書館

仲間にも会え、旧交を温めることもできました。

 

キャンパスには学生当時には無かった建物が10棟近く建っていました。

古い重厚なデザインの建物が多いキャンパスに建つ新しい建物のデザ

インには二通り。一つは周囲の建物との調和を考えて、新しい構造・工法・

建材を駆使しつつも従来のデザインをそこかしこに取り入れアレンジして

いるもの。もう一つは全く新しいデザインを目指したもの。後者の中には

従来の素敵な建物の背後に無機質なデザインが聳え立ち無粋な絵柄に

なってしまった残念なものもありました。しかし新しいデザインの中でも、

周囲の条件を良く考慮しながら、素晴らしい新たな息吹を吹き込んでいる

ものもありました。その最たるものがこの写真。とても気に入りました。



ベネッセ(旧、福武書店)の会長CEOである福武総一郎氏の寄付により

建てられた『福武ホール』。設計は安藤忠雄氏。夏と冬の陽光の入射角の

差を考えたであろう長い庇は、100メートルの『考える壁』(上の写真の右

側の壁)と相まって、広く快適な空間を生み出していました。

 

晩にはクラスの数名で食事会。会場へ向かう時に降りた地下鉄の白金台

の駅での一枚。前を行く老婦人の素敵な着物姿。隠し撮りと勘違いされな

いよう歩きながら慌てて撮影したために手振れでわかり難いのですが、

総絞りの見事な着物に、粋な柄の帯。とてもカッコ良かったです。



アペタイザー・プレートの一番左をご覧下さい。なんと僅か直径2センチ弱の

チーズ・バーガー!本当にバン、チーズ、パテ、レタスで出来ており、食べる

と確かにチーズ・バーガーの味がしました。あとは美味しい食事と、互いの近

況や学生当時の思い出話に花が咲き、例によって写真を撮るのをすっかり

忘れて夜が更けてしまいました。



帰りには我家の定番、千疋屋のホール・マンゴー・プリンに加えて、大学

近くの和菓子屋『三原堂』の上生菓子。

 

学生の頃は、下宿屋のおばあちゃんとお茶飲み話をするために、よく二つ

だけ買って帰ったものでした。おばあちゃんが湯飲みを両手で包み込み

ながら毎回してくれた東京大空襲のお話を懐かしく思い出しました。

 

この日は求肥と道明寺を老父母と一緒に戴きました。

2013.08.29

夏の終わりのお客様

猛暑が続く毎日ですが、朝晩は大分すごしやすくなってきましたね。

法人部の内田文です。

自称、動物の話題担当と決めているのですが、またしても、我が家に動物がきました。
彼らは、お招きもしていないのに、突然やってきました。
いえ、ずいぶん長い間、我が家の家族に知られることもなく、その場に住んでいたのです。

 

日曜日に庭の掃除をしていたのです。
玄関の横の庭木が大分うっそうとしてしまい、蔓もからんでいたので、その蔓を思い切り引っ張ると、ブーン… ブーン… …



勢いよく飛び出してきたのは、

そこそこ大きなハチたちです。

 

あわてて家の中に飛び込みましたが、あいにくハチ用の殺虫剤がない…。
しばらく2階の窓から様子をうかがっていたのですが、
その木の周りをたくさんのハチたちがぶんぶんと飛び回っています。
その木は玄関のすぐ横でしたので、裏口からこっそり家を出て、薬局に殺虫剤を買いに…。
戻ってきてすぐに殺虫剤をまきました。
遠くに逃げた者もいたので、数分して、巣にもどった蜂にもまたかけました。
殺虫剤、よく効きました。



まさかスズメバチ? と思ったのですが、よくよく見るとちょっと違う様子。
落ち着いてから、うっそうと茂った木の間を覗いてみると、15センチくらいの大きなハチの巣。
枝ごと折ってみると、アシナガハチの巣のようでした。



すでに8割位空になった巣でした。

スズメバチの巣でなくてよかった~。
ほっとして、巣を片付けました。

 



でも、よく考えると、人に危害を加えるわけでもなく、今までそこで生活していたのですから、
ちょっと気の毒でしたね。

 

盛夏のなごりです。



庭には赤トンボが数十匹飛び回るようになりました。

まだまだと思っていた秋が、実はすぐそこまで来ているのですね。

 
2013.08.29

講演聴講抄録~消費構造の変化

あれもこれも担当の千葉です。

 

お取引金融機関さんや各種所属経済団体の主催する講演やセミナーに出席する機会

がままあります。今日はちょっと前になってしまいましたが、7月に聴講した2件につい

て、印象深かった部分をご紹介します。あくまでも文責は私に在る点をご諒解下さい。

 

一つ目は、お取引金融機関さんのセミナーにて。

『変化こそチャンス!!』~消費動向・人口動態・中国問題をどう見るか~

と題した、フロンティア・マネジメント(株)代表取締役の松岡真宏氏の講演でした。

松岡氏は内外の証券会社勤務を経て、産業再生機構でカネボウとダイエーの2大案件

の実務責任者として手腕を振るわれた方でもあります。



最も印象深かったのは、バブル後20年間の家計消費についての考察です。

バブル後は失われた20年とか、デフレ・スパイラルと呼ばれて、あたかも消費が減退

したかのような誤解があるが、バブル頂点の1989年を100とした時に、2008年の家

計消費全体は99.1とほぼ消費が減っていないことを統計は表している。実は、消費

が減ったのではなく、消費の内容が大きく変わったのだ、ということです。

 



(ピンボケですが、俳優にしたいくらいのハンサム・ガイです!)

 

家計消費の内訳を、同様に1889年を100とした数字で表すと、最も増えているのは

保険医療費で153.1。つまり53%増。これはすんなり来ますね。次に増えているの

が交通・通信費で136.9。これまで家には1台の固定電話だけだったものが、家族

が銘々に携帯を持ち、家庭にパソコンも持つようになったことによる、通信費増による

ものです。そして3番目は住居・光熱費で128.4。これは家庭内に家電製品が増え、

電気料が増えたことによります。お茶の間に1台のテレビが各部屋に1台、エアコンの

ない部屋も少なくなったし、食洗器や空気清浄機など家電製品が相当増えました。

 

こうして増えた医療費、通信費、光熱費の出費を補うために減らしたのが衣料費で、

58.2。なんと42%も減っています。その次が家具・日用品で80.4。約20%の減

です。モノへの消費が激減しているから、イメージとして消費全体が落ち込んだとい

う印象になってしまいがちだった訳です。衣服という目に見えるモノから医療・通信・

電気代という目に見えないものに、消費の対象が大きくシフトしたということですね。

 



松岡氏は、今後、所得が増えて行かなければ、増え続ける医療・通信・光熱費の分

の埋め合わせは恐らく、まだ91.6の水準の食料に向かうのではないかと予測して

います。アベノミクスが持て囃されて以来、高級品の売り上げが増え、デパートの売

上は増えているのに、値引き合戦の激しいスーパーマーケットの売り上げがまだ減

り続けているとの報道からすると、松岡氏の予測は当たっているのではないかと思

います。

 

 

もう1つの講演はこの3月まで私が代表幹事を仰せつかっていた、静岡経済同友会

東部協議会でお呼びした、日本銀行静岡支店長の服部守親氏の講演。経済同友

会では、毎年日銀の支店長からお話を伺い、定点観測にしています。



インフレターゲットを2%とする現在の方針の下では、長期金利は理論的に言うと、

潜在成長率(1.25%)+インフレ期待率(2.0%)+中央銀行や政府の信認

(0.0%)=3.2%となる。これまでのところ大きく中央銀行の信認が崩れていな

いが、ここにリスクありと市場が看做せばこれよりも長期金利は上がってしまう。

現在3.2%より遥かに低い0.7%~0.8%台程度であるのは、金融緩和効果に

よると思われる。即ち、日本のマネタリーベースは異次元緩和前の平成24年12月

時点でも138兆円と、世界でも極めて稀な高水準にあり、平成25年6月末時点では

既に162兆円。黒田日銀総裁の方針では平成26年末にはこれを270兆円にまで

引き上げると言っていることによるものと思われる。

 

長期金利の安定のためにも、日銀の資産内容が劣化しないこと、政府の政策へ

の信頼感にキズが付くようなことがないことを切に願うばかりです。



現在の世界の金融政策は混沌としている、とも言っておられます。欧州ではデフ

レ懸念が強まり、金融緩和の必要性が高く、日本は金融緩和を加速、中国では

成長力が急速に鈍化する中でバブル予防の引き締めとの矛盾するニーズ、米

国は金融緩和の出口戦略に苦心、新興国は米国の出口戦略のあおりで資金が

流出するのを必死に防ごうとしている、、、。

 

と、金融のスペシャリストとして、現状をわかりやすく紐解いて下さったのがとて

も印象的でした。

 

 
2013.08.29

きかんしゃ

住宅部の杉本です。

 

 

以前このブログでも少し触れたことがあるのですが、先日、

裾野市にある鉄道の施設へ、家族で遊びに行ってきました。

 

ここは、個人の方が、ご厚意でつくられた幾つかのタイプのゲージの

レールをつなげた鉄橋などもある本格的な線路の施設で、そこへ、

鉄道好きの方々が、ご自慢の蒸気機関車等の模型を持ち寄り走らせている

とのことです。

ただし模型とは言っても、こちらも本物さながら、人を乗せて走ることのできるもので

これまた、機関車を持ち寄った皆さんのご厚意により乗せてもらえるということで、

走行日には、多くの家族連れで賑わいます。



この日も、夏真っ盛りの暑い日でしたが、家族連れ含め、たくさんの人達が

集まっていました。

 

うちの鉄道好きの長男は、その日走っていた何台かの機関車に、片っ端から

何度も乗せてもらい、木々の下を通ったり、鉄橋を渡ったり、また、途中2台の

機関車が並んで走ることもあったりととても喜んでいました。



また、行ってみたいと思いました。

 

当日、乗せていただいた機関車オーナーの皆様、誠に、ありがとうございました。

 
2013.08.26

山葵体験~再び、『羅漢』さんの魔法のおもてなし

あれもこれも担当の千葉です。

 

暑さも処し易く和らいで来るという『処暑』を過ぎ、じきに二百十日。ここに来てさすが

に朝夕はぐっと涼しくなって来ました。

 

庭にはまだ青いままですが、もう栗の実が落ちていました。



多少暑さが長引こうとも、暦は確実に巡り、生き物はしっかりと次の季節に向けて準

備をしているのですね。

 

玄関の照明が目当てか、暗くなるとこんな虫も壁に見つけることができます。



『薄翅蜉蝣(うすばかげろう)』。幼虫の『蟻地獄(ありじごく)』の厳めしさもなく、成虫

は名前のイメージ通り少し頼りないところが好感を持てます。

 

そんな、暦の上ではもうとうに秋になってから、2ヶ月も前のことを記事にする不精を

お許し下さい。

 

梅雨の真っ最中の一日、優秀で気の良い後輩達が、昨秋に続いて魅惑の中伊豆

の一日をセッティングしてくれました。

 

生憎の雨模様のために今回は山葵沢での収穫体験に替えて、山葵の茎の三杯酢

漬けの体験をさせて貰いました。



真妻(まづま)という種類の山葵の茎を使いました。茎を揉むことによって細胞が壊れ

て辛味成分が出て来るのでしょう、良く揉んだために、市販のものに比べて格段に辛

い酢漬けが出来上がりました。



上の茎の量でご覧のひとビンになります。右の緑色のものが作ったばかりの色で、

2、3日で左のように茶色っぽくなり、辛味が出、酢が馴染んで食べ頃となります。

 

 

夕方からは中伊豆は地蔵堂にある『羅漢』さんでの会食。お料理の質のみならず、

おもてなしの心、演出は格別。2度目でわかっていながらも、感動してしまいます。

今回は写真中心にご紹介。詳しくは前回、秋に来た時の記事をご高覧下さい。

http://www.szki.co.jp/blog/2012/11/1115_post_97.html



鰹節の削り粉に下ろしたての山葵をまぶし、ほんの少々のお醤油を加えただけの

山葵ふりかけ。この上も無い香ばしさでした!

 

一日に一組しか予約を受けない『羅漢』さんの素敵な一日を是非ご体験下さい。

 
2013.08.25

夏の終わり(甲子園観戦記)

情野です。

 

全国高校野球選手権大会は、前橋育英高校の優勝で幕を閉じました。

 

皆さんのお気に入りの高校はどうだったでしょうか?

 

私は夏季休暇だったので、

家族を残し、常葉菊川を応援に甲子園まで行ってきました!



午前2時に出発!

さすが、夏休み。道混んでる~。

 

甲子園も混んでる~。人酔いしそう・・



静岡代表の常葉菊川は2回戦から登場、、



初戦は佐賀県代表有田工と対戦。 5-3で勝利!

 

3回戦も甲子園で応援しましたが、、

目を疑いたくなるような完敗。

 

猛烈な暑さと4万人を超える大観衆の中で、

高校生が 「何とかしなきゃ」 と もがいている姿は、、、

言葉ではうまく表現できない色々な感情です。

 

しかしながら、

1年前、秋の西部地区予選で1度は負けたチームが、

春夏連続で甲子園でプレーし、

そして、大舞台を共に戦った友が出来た事。

 

ホントうらやましい経験をしたと思います。



高校野球は夏が終わり、秋の大会が始まっています。

 

私は夏の甲子園が終わると、少し寂しくなります。

 

夏もあと少しで終わるんだな・・・と。